コラム「紙と生活」

このコラムでは毎回、日頃の生活で目にする紙の印刷物について取り上げます。
その紙が私たちのライフスタイルの中でどのような存在なのか、
また今後どのようになっていくのかをトレンドやデータを元に様々な視点で考察するコラムです。

この頃は目にする機会がすっかりなくなったマッチですが、喫茶店などでレトロなデザインの箱を見かけると、その愛らしさに思わず手にとってしまいます。
多くのデザイナーに影響を与えたというマッチ箱の図案。後編では、コレクターからの人気も高い広告マッチについて紹介していきます。

マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案 (後編)


明治37年(1904年)から大正8年(1919年)を、マッチの黄金期と呼ぶそうです。年間の生産量は90億個。このころ、デパートや喫茶店、企業のマッチなど宣伝つきのマッチが続々と登場。銀座 資生堂は大正5年に意匠部を新設。皆がこぞって真似しようとするほど、モダンなマッチ箱を世に送り出したと言います。それをきっかけに、他の企業でも自社で意匠部を抱えるようになってきたのだとか。

また、人々の生活も豊かになった大正以降、鉄道の発達などによって行楽旅行も定着。観光旅館やホテルが建設ラッシュとなり、それと同時に観光名所を記したマッチラベルや、ホテルや旅館のマッチが増えました。ちいさなスペースの中でいかに趣向をこらすかアイディア勝負。今、改めて見ても魅力的なものばかりです。



昭和10〜30年代ごろのものと思われるマッチ。ラベルは手貼り。



羽車スタッフ私物のマッチ。70年代、大学生だった叔父が集めたもの。


そんなマッチ業界に変化が訪れるのは、戦後に普及したライターの影響が大きかったようです。平成に入ると、総生産量は、戦前のピーク(1907年)の約90分の1、戦後のピーク(1973年)の約60分の1にまで減少。2018年にはすべての工程を自社でこなすマッチメーカーは、国内で3社だけとなりました。

しかし今でも、世界中にコレクターがいるほど奥深いのがマッチの世界。アルミ缶や瓶に入ったものなど、パッケージデザインの幅も広がっています。匂いのしないマッチや、薬頭がカラフルなものまでユニークな商品開発もされています。非常用にと、マッチを常備する家庭も少しずつ増えているようです。喫茶店やレストランのレジ横で見かけたら、ぜひ手にとって持って帰りたいものですね。



<マッチの構造図>

文・峰典子

参考文献:
「広告マッチラベル 大正 昭和 上方文庫コレクション」紫紅社文庫
「マッチラベル パラダイム―燐票商標様式美」木耳社

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