コラム「紙と生活」
その紙が私たちのライフスタイルの中でどのような存在なのか、また今後どのようになっていくのかをトレンドやデータを元に様々な視点で考察するコラムです。
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書いて伝える原稿用紙 (後編) 発展編
2016/01/20
江戸時代後期には、日本で見受けられた原稿用紙。 しかし、文士たちがそれを愛用し、文学の世界に広めていったのはもうすこし後。 先に原稿用紙を活用していたのは、意外にも宮内庁でした。 明治以降に活版印刷が普及すると、几帳面な日本人が考えるのは効率的に字数を数えるにはどうすればいいのか、ということ。 書き手だけでなく、依頼する側にとっても、原価を計算しやすいからです。 後に大蔵大臣、そして総理大臣となる高橋是清(たかはしこれきよ・1854〜1936)は、若干20歳で大蔵省の通訳職に就いていました。 外国の新聞や本を翻訳し、原稿用紙1枚につき50銭をもらっていました。
また、大隈重信も通信省で翻訳のアルバイトをし、原稿用紙を用いたことを自伝で語っています。 -
書いて伝える原稿用紙 (前編) 発明編
2015/12/21
「原稿用紙」と聞くと、もはやノスタルジックとさえ感じてしまう私たち。 夏休みの読書感想文や卒業文集の作文、国語のテスト……。 記憶を掘り起こしてみると、教室に座って白紙の原稿用紙と挌闘する自分の姿さえ、鮮やかによみがえってきそうです。 改めて言うまでもありませんが、原稿用紙とは日本語を綴るためのマス目がはいった用紙のこと。 作家が使うアイテムとしてもよく知られていますが、きょうび、一体どれくらいの人がそれを使っているのでしょうか、余計な心配すらしてしまいます。 パソコンで文章を書くことが当たり前になり、需要は減る一方。それでも、一マス一マスに自らの手で文字という命を吹き込む作業を想うと、いつまでも有り続けて欲しい存在です。 残念ながら、いったい誰の手によって原稿用紙は生まれたのか、はっきりとした事実関係はわかっていません。 しかし、事例はかなり古くから確認できるようです。
いくつか代表的な例を紹介しましょう。 -
世界に広がるORIGAMIアートの世界(後編)
2015/09/15
「ORIGAMI」は今や世界共通の言葉です。 昨年アメリカで開催された国際的な折り紙イベントには、世界中から折り紙作家が集まり、その精巧な作品が大きな話題を呼びました。 近代の折り紙は、リアルさを徹底的に追求しているのが特徴。 90年代に、折り紙独自の計算式に基づいた設計図をつくることが可能になってから、熊の爪先や蛇のウロコに至るまで、細かなディティールを再現できるようになったと言います。
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幼稚園と共にやってきたヨーロッパ折り紙(中編)
2015/08/20
古くから紙を用い、さまざまな形を生み出してきた日本。 誰の手によって、現在のような折り紙が最初に生み出されたのかは不明ですが、室町時代には、伊勢貞丈(いせ・さだたけ、1718-1784 )という人が、『包みの記』という本を発行し23種類の折形を提案しています。 ※折形については当コラムの前編を参照 また、この時代の着物や浮世絵には、折り鶴や宝船などのモチーフが登場しており、折り紙が庶民にも広く知られていたことが分かります。 『包みの記』以外にも折り紙が登場する書物は多く、享保2年(1717 )に発行され た『けいせい折居鶴』という本では、女の子が折り鶴に乗って空高く消えていくというシーンや、寺子屋で折り紙を教えているくだりがあり、子供の遊びとしても伝わっていることを垣間見れます。
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紙を折って形を作る。文字の発明と折り紙の誕生(前編)
2015/07/21
今、これを読んでいる皆さんの手元には、どんな道具が並んでいるのでしょうか。 長い歴史をのぞいてみると、時代や土地に応じた道具が、常に私たち人間を進歩させてきました。 人類が文字を発明した時には、さて、これをどうやって記録として残したらいいのだろうかと、様々な方法が試されたのです。 丈夫な竹を短冊状にカットし繋いだもの。 材料の調達がしやすく、焼けば保存もできる粘土板。 骨や絹布も使われたといいます。
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牛乳パック、デザインの秘密(後編)
2015/06/30
牛乳パックの上部に、半円状の切り込みがあることをご存知でしょうか?何気なく毎日見ているものの、その意味について知っている方は少ないのでは、と思います。 実はこの切り込みは、目の不自由な人に対する目印なのです。 1995年に食品団体が行った調査で、視覚障がい者やお年寄りが紙パック飲料の違いを見分けにくいということがわかり、とりいれられたアイディア。 現在では、国内で生産されるほぼ全ての牛乳パック(成分無調整牛乳に限る)に切り込みを見ることができます。
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おいしさ届ける牛乳パック、100年の歴史(前編)
2015/05/27
人間が牛を家畜とし、搾乳をはじめたのは中東地域が最初だと言われています。およそ八五○○年前のことです。 牧畜が発展するのに伴い、牛乳を飲用するという習慣も世界中に広がっていきます。 街中に牛乳屋が登場したのは15世紀のロンドンのこと、そしてアメリカでも17世紀ごろには牛乳販売が行われていたという記録が残っています。
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紙幣の原料とリサイクル(後編)
2015/05/01
紙幣の歴史について、さらには特殊な印刷技術について学んできましたが、今回は使われている原料についても調べていきましょう。 日本の紙幣は、みつまた(三椏)やマニラ麻を混ぜ、専用の特殊な用紙をつくっています。三椏は日本で古くから和紙の原料として使われてきた植物。 ジンチョウゲ科の落葉低木で、皮から繊維をとって和紙にします。 マニラ麻とはバショウ科の植物でフィリピンなどの熱帯で栽培されています。 約7メートルにも及ぶ背の高さで、バナナの木に似た姿。 特徴はなんといっても軽く丈夫なこと。 さらに耐水性もあるので、船でつかうロープの原料としても愛されています。
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紙幣に隠された7つのスゴイ技術(中編)
2015/04/06
日本銀行が正式に紙幣を発行したのは、1885年のことです。 最初のお札は十円札でした。デザイナーはイタリア人のエドアルド・キヨッソーネ。 彼は印刷屋の家系に生まれ育った版画家で、技術を日本人に伝えるために大隈重信が呼び寄せました。 キヨッソーネは十円札の発行後も日本に永住し、紙幣や切手など500点余りを制作、亡くなるまで日本の印刷史に大きく尽力しました。 余談ですが、教科書でおなじみの西郷清盛の肖像画もキヨッソーネの手によるものなんだとか。
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物々交換からうまれた紙幣の歴史(前編)
2015/03/20
紙幣の歴史の前に、お金がどのように生まれたのか簡単に触れておきましょう。 お金という物が存在しなかった古代では、人々は互いに物を交換することで、必要な物を得ていました。 ただ、いつも欲しいものを相手が持っているとは限らないし、自分も、不要なものを常に用意できる訳ではありません。 そこで物品貨幣と呼ばれるものが誕生します。 価値があって、誰もが欲しがり、保存のきくもの。 布や米、塩などがお金の役目を果たしていました。 やがて人間が金属を生み出すようになると、刀などがそれに加わったといいます。
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毎日届く情報誌 新聞の秘密
2015/02/24
日露戦争をきっかけに新聞業界は大きく拡大を見せます。 各社が競い合い、号外が1日に何度も発行されたとか。 明治30年代には、都市部だけでなく地方でも輪転機が普及したため、ぐんと発行部数が伸びました。 当時は勿論メールもありませんから、記事や写真を伝書鳩にくくりつけ「鳩便」で運搬していました。 新聞社の多い銀座・有楽町界隈では屋上でたくさんの鳩を飼っていたといいます。 新聞に欠かせない四コマ漫画についても触れてみましょう。 アメリカで19世紀に流行っていた風刺画を日本に持ちこんだのは今泉一瓢(いっぴょう)という漫画家。 風刺画ではなく漫画と名付けたのも、さらに四コマという形にしたのも彼なのです。
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石板からはじまる新聞の歴史
2015/01/20
新聞の発生は世界の各地で確認されていますが、その中でも最初に新聞の原型をつくりはじめたのはユリウス・カエサル・ツェペリ(紀元前100-144)だとご存知でしょうか。歴史上に大きく名を残したカエサルですが、ローマの執政官となった際に、議会の議事録として「acta senatus(アクタ・セナトゥス )」と呼ばれる、板に書いた新聞を発行しています。 当時の議会ではきわめて不透明な政治が行われおり、カエサルは悩んでいたといいます。 そこで、一般市民を味方にするべく、新聞を貼り出す形で情報を公開していたのでしょう。
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紙の宝石・蔵書票(後編)
2014/12/25
ここからは、すこし絵柄について触れてみたいと思います。 ヨーロッパで蔵書票が生まれてからしばらくは、宗教的な絵柄、特に天使や聖人、紋章などがほとんどでしたが、庶民に蔵書票が広がるのと同時にモチーフも多様化していきます。
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紙の宝石・蔵書票(前編)
2014/11/11
蔵書票とは「エクスリブリス(EXLIBRIS)=誰それの蔵書から」という意味をもっています。 その名の通り"これは私の本だよ"という事を明らかにするために本に貼る紙片のこと。 その美しさから「紙の宝石」と呼ばれ、収集に夢中になるコレクターも多いのです。 今回はこの、紙の宝石・蔵書票について歴史をひも解いていきます。
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文具からアートまで 進化をとげた付せんの魅力
2013/06/13
付せんとは、メモ書きを一時的に書籍や文書に張り付けるために使用される紙片――とあります。 この付せんの誕生は1968年アメリカ。 科学メーカー3Mの研究員スペンサー・シルバーは、強力な接着剤を開発中にもかかわらず、接着力がとても弱いものを作り出してしまいました。 そして、何につけてもくっつかない接着剤をみた同僚が「本のしおりにしてはどうだろう」と助言したことから、接着力の弱い接着剤の研究が始まったといいます。 約10年後の1977年には試作品が完成。 この試作品が大企業の秘書課に配られ、大好評を得て、1980年に全米で発売されることになりました。 「ポストイット」と命名されたこの付せん。 またたく間に世界に広がり、100ヵ国以上の国で販売されたそうです。
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こだわりの自主制作誌“ZINE(ジン)”の広がり
2013/05/17
2010年代に入って日本でじわじわと、しかし着実に広がりを見せる紙文化のニューフェイスに“ZINE(ジン)”の存在が挙げられます。 ZINEは自分の好きなテーマで作る数十ページ程度の小冊子の総称で、部数は多くが100部未満。製法も原稿をコピーしてホッチキス留めするなど、手軽なものが主流です。 採算は度外視で、作り手は編集・執筆に関係のない本業を持つ人も少なくありません。 出版社や取次など既存の出版流通網を通さずに直接、書店や雑貨屋やカフェに置かれて読者の手に渡ります。
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世界に一つだけの封筒 奥深い絵封筒の世界
2013/03/23
絵封筒とは封筒の宛名面を使って絵を描くアートのことです。 絵といっても水彩画のように描くものから、切り絵のように折り紙や布、リボンやテープなどを使ってコラージュするものまで、郵便物として発送できる範囲内で自由に表現することができます。
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通販ダンボールの進化、常識やぶりの色柄と新たな用途
2013/01/12
皆さんは宅配された荷物を受け取った後、梱包に使われたダンボールをどうしているでしょうか。 多くの人は資源ごみなどとして出し、自治体の回収に協力していることと思います。 何しろ、ダンボールは回収率がここ数年、90%台の後半で推移。 回収されたダンボールは古紙として輸出されたり、ダンボールまたはほかの用途に再利用されたりとリサイクルが進められています。 しかし一方で、ごみ捨て場に持っていく前にもう一働きしてもらう、という人もいます。 今回は、梱包用ダンボールの再利用と、それを見越した企業の取り組みについて、お伝えします。
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あえてアナログ こだわり年賀状
2012/12/01
年賀状の枚数は年々減少傾向にあるといいます。 日本郵政グループの発表によると、2012年1月1日に配達された年賀状は、前年比7.6%減の19億2500万通。 その背景には、インターネットの普及が考えられます。デジタルなEカードを年賀状として簡単に送ることができる時代です。 とはいうものの、年賀状の文化はしっかりと根付いており、年賀状がなくなるなんて考えにくいですね。 ある調査会社のアンケートよると、年賀状をハガキで送っている人は93.6%に対し、メールの人は42.1%。 その差は2倍以上です。
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エコペーパー+αの時代
2012/10/01
よく耳にする「エコペーパー」とは、具体的にはどんな紙のことをいうのでしょうか? 「古紙の利用率が高いもの」「製造過程でCO2の排出量が少ないもの」「紙を漂白する工程で有害な化学物質を使っていないもの」等々、条件を挙げるだけでもきりがなく、その内容はまちまちのようです。 ここでは再生紙や、普段は捨てるもの(間伐材、廃材など)を使ったもの、紙を作る過程で環境に配慮しているものなど全てを、大きくとらえて「エコペーパー」と考えることにします。