1. トップ
  2. 羽車について
  3. コラム「紙と生活」
  4. マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案(後編)

コラム「紙と生活」

マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案(後編)

  • マッチ
2019/02/21

この頃は目にする機会がすっかりなくなったマッチですが、喫茶店などでレトロなデザインの箱を見かけると、その愛らしさに思わず手にとってしまいます。
多くのデザイナーに影響を与えたというマッチ箱の図案。後編では、コレクターからの人気も高い広告マッチについて紹介していきます。

マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案(後編) 明治37年(1904年)から大正8年(1919年)を、マッチの黄金期と呼ぶそうです。年間の生産量は90億個。
このころ、デパートや喫茶店、企業のマッチなど宣伝つきのマッチが続々と登場。
銀座 資生堂は大正5年に意匠部を新設。皆がこぞって真似しようとするほど、モダンなマッチ箱を世に送り出したと言います。
それをきっかけに、他の企業でも自社で意匠部を抱えるようになってきたのだとか。

また、人々の生活も豊かになった大正以降、鉄道の発達などによって行楽旅行も定着。
観光旅館やホテルが建設ラッシュとなり、それと同時に観光名所を記したマッチラベルや、ホテルや旅館のマッチが増えました。ちいさなスペースの中でいかに趣向をこらすかアイディア勝負。
今、改めて見ても魅力的なものばかりです。
マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案(後編) 画像上:昭和10~30年代ごろのものと思われるマッチ。ラベルは手貼り。
マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案(後編) 画像上:羽車スタッフ私物のマッチ。70年代、大学生だった叔父が集めたもの。

そんなマッチ業界に変化が訪れるのは、戦後に普及したライターの影響が大きかったようです。
平成に入ると、総生産量は、戦前のピーク(1907年)の約90分の1、戦後のピーク(1973年)の約60分の1にまで減少。
2018年にはすべての工程を自社でこなすマッチメーカーは、国内で3社だけとなりました。

しかし今でも、世界中にコレクターがいるほど奥深いのがマッチの世界。アルミ缶や瓶に入ったものなど、パッケージデザインの幅も広がっています。
匂いのしないマッチや、薬頭がカラフルなものまでユニークな商品開発もされています。
非常用にと、マッチを常備する家庭も少しずつ増えているようです。喫茶店やレストランのレジ横で見かけたら、ぜひ手にとって持って帰りたいものですね。

<マッチの構造図>
マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案(後編) 文・峰典子



参考文献:
「広告マッチラベル 大正 昭和 上方文庫コレクション」紫紅社文庫
「マッチラベル パラダイム―燐票商標様式美」木耳社

関連記事 マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案 (中編) > マッチ箱 小箱に詰まった実用と図案 (前編) >

各商品はこちらから

HAGURUMAカスタマーセンター

0120-890-982
info@haguruma.co.jp
9:00~18:00 土日祝 休
お問い合わせフォーム
株式会社 羽車は封筒・紙製品・印刷物の製造販売を行っています。1918年に大阪で創業しました。

株式会社 羽車は封筒・紙製品・印刷物の製造販売を行っています。1918年に大阪で創業しました。

大阪府堺市の本社工場では封筒生産機と印刷機を中心に70台を超える機械が稼働しています。
お客様に安心・安全にお使いいただける商品づくりと、人と地球環境に優しく魅力的な商品を創出し世界の人々に愛される会社を目指します。