【中編】活版印刷の技法と歴史~東洋と西洋の流れを辿る~
2026/07/31
北宋から始まり次第に世界へ広まっていった活版印刷。さて、日本ではどのような流れを経て存在が知られるようになり、浸透していったのでしょうか。中編となる本記事では、その過程を追っていきます。
日本に初めて活版印刷技術が登場したのは、16世紀末だといわれています。当時は、イエズス会の宣教師らが日本を訪れ、キリスト教やヨーロッパの文化を布教していました。その頃、日本人のキリシタン大名たちから成る「天正遣欧使節団(てんしょうけんおうしせつだん)」が、ローマに渡りヨーロッパの文化を学んだ後、1590年に帰国。グーテンベルクが発明した、活版印刷技術を広めました。加えて、同年には印刷所もつくられ、活字やインキ、紙、印刷機などが持ち込まれています。活版印刷専門の印刷工も来日したそうです。印刷所では、「キリシタン版」という書物が100種類ほど出版されました。宗教以外にも語学や文学など幅広い分野が取り上げられており、なかにはローマ字表記の「イソップ物語」もあったといわれています。ちなみに、このキリシタン版は30種類ほどが現存しています。このように、印刷所の開設や書物の出版と順調に見えた活版印刷技術の布教活動ですが、それも長くは続かず、徳川幕府のキリスト教禁止令により途絶えてしまいました。
日本に活版印刷技術を広めたのはヨーロッパだけではありません。東洋で最も早く金属活字の一種である「銅活字」を開発した朝鮮も、日本の活版印刷技術普及に深い関わりがあります。1592年、豊臣秀吉は朝鮮に出兵した際、銅活字(李朝銅活字)や印刷に必要な資機材と印刷工を連れ帰りました。そして、銅活字を後陽成天皇に献上したのです。幸い、キリシタン版のように禁止令が出ることもなく権力者にも認められ、16世紀末には古文書研究の書物も出版されています。その後、徳川家康が朝鮮の銅活字を手本に、11万個以上の活字(一部木活字を含む)をつくりあげました。この活字は後世で「駿河版活字」と呼ばれるようになり、日本で初めてつくられた銅活字でもあります。また当時は、朝鮮や中国と同様に「木活字」もつくられ、銅活字と木活字の活版印刷技術は慶長年間(1603年)~寛永年代(1640年代)まで繁栄しました。
そんな華々しい時代もあった活版印刷技術ですが、文字組版の手間や日本語が漢字を多用する言語であることなどを理由に、17世紀中頃には需要が木版印刷に移ってしまいます。その後、金属活字を用いた活版印刷は、江戸時代末期に再びヨーロッパから活字印刷技術が持ち込まれるまで、広く使用されることはありませんでした。
ヨーロッパの活版印刷技術に対して、禁止令が出されてから250年後。無きものとされてきた技術に、再び光が当てられます。1857年、江戸幕府の依頼でオランダが建造された「咸臨丸」が日本に届けられた際、その船には活版印刷技術師も乗船していていました。その後、グーテンベルクが新たに発明した鉛活字を伝え、寄港地である長崎の出島に印刷所を開設。そこで印刷された蘭書に、オランダ通詞「本木昌造」が強い関心をもち、研究を進め片仮名邦文の鉛活字をつくりあげたのです。1856年には西欧の印刷技術を用いた印刷所「活字判摺立所(かつじばんすりたてしょ)」が設立され、本木はそこで和蘭書や蘭和辞典の印刷・刊行を任されます。また、その経験を生かし日本語の活字開発への挑戦や、明治初期の1869年には活版印刷技術を教える「活版伝習所」を開設しました。その後、門下生たちは活字製造所や印刷所を設立し、本木を起点に日本の近代活版印刷を各地に広めていったのです。新聞や雑誌、書物と、さまざまな印刷物が製造され、書籍に関しては明治維新から10年の間に、3,600点もが活版印刷でつくられたといわれています。
そして明治・大正時代になると、印刷と出版が盛んになる一方で、種類や文字量の多い日本語には膨大な活字が必要な点、組版や鉛版の重さ、作業場所や熟練の職人の確保などの問題が発生しました。そこで誕生したのが、文字組版のできる実用写真植字機です。一台が一坪に収まる大きさで驚異的な軽さ、豊富な書体に組版のしやすさなどの点から、1970年代以降は手動写植機時代に移り変わりますが、活版印刷も根強い人気を誇っていたそうです。しかし、終戦後の昭和後期になると、写真技術を応用した「PS版」のオフセット印刷が誕生します。大量の印刷物にかかる時間を短縮でき、軽量でカラー印刷にも適していることから、活版印刷に代わり主流化していきました。
写真:現在も主流の印刷方法 シャープなオフセット印刷
今回は、日本の活版印刷の歴史についてご紹介しました。再び伝来したヨーロッパの印刷技術や、日本に広めようと尽力した人々、そして終戦後のオフセット印刷への移り変わり。令和の現在も、オフセット印刷によってさまざまな印刷物がつくられています。しかし近年、再び活版印刷が注目を浴びていることをご存じでしょうか?後編となる次回は、活版印刷が現代で注目されている理由と、デザインや魅力についてお伝えします。
文・鶴田有紀
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〈参考文献〉
・『活版印刷の本 手紙社 凹凸感と活字を楽しむかわいい活版印刷のデザイン帖』(手紙社 著/グラフィック社)
・「活字」の技術変還から見た印刷の歴史|高橋恭介 著|日本印刷学会誌
・活版印刷の伝来|筑波大学付属図書館
・第6話日本にも伝来していた金属活字による印刷術|一般社団法人日本印刷産業連合会
・第9話日本における近代印刷は本木昌造で始まった|一般社団法人 日本印刷産業連合会
・駿河版銅製活字|東京大学
・その250年後の幕末、日本における近代印刷がスタートを切った|一般社団法人 日本印刷産業連合会







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